麻酔科医師労災訴訟の東京地裁判決の概要

麻酔科医師労災訴訟の東京地裁判決の概要

                              

1、事案の概要

原告:麻酔科医師及びその妻

被告:○○市にある医療法人○○会等。

麻酔科医師は病院の副院長、平成19811日(当時53歳)に脳出血を発症し遷延性意識障害となり寝たきり状態が続いている。原告は、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行及び不法行為、また使用者責任に基づいて損害賠償を求めている。

当時の病院の状況、「○○市の中核的な医療施設」で「広範な地域の救急に対応している病院」、ベッド数199床、医師数78名(常勤19名、非常勤59名)、麻酔科医師体制は常勤1名(原告のみ)及び非常勤3名、手術件数115件(月平均)。

 

2、争点

原告医師の業務の過重性

業務と脳出血の因果関係

被告らの安全配慮義務違反の有無

損害

争点は上記の4点であったが、裁判所は①の業務の過重性は無いため②の業務と脳出血の因果関係も認められないとし、他の争点言及する必要もないとした。

 

3、原告の主な主張

(1)業務の過重性

原告は、業務の過重性に関して、以下の主張を行っている。

業務の内容

  1. 麻酔科医としての業務

    火・水・木・金の麻酔担当及びこれに付随する業務(術後の重症患者の呼吸管理など)。

    また、オンコールへの対応。

  2. 内視鏡検査(金曜日の午前に上部内視鏡検査を担当)

  3. 外科外来業務(土曜日の午前中に一般外来の外科を担当)

  4. 当直業務(月に1~2回、23日の「土日当直」のうち外科当直を担当)

  5. 幹部会議及び医局会議への出席等

  6. 感染対策委員長・インフェクションコントロールドクター

  7. 学会発表の準備(集中治療室専門医・麻酔科指導医の資格を維持する必要があった)

  8. 救急救命士への気管挿管実習指導及び看護師への講義

  9. 手術室の設計業務

労働時間

タイムカードやパソコンのログイン時間などから算出した時間外労働時間

発症前1か月:121時間  2か月:88時間  3か月:140時間  4か月:81時間  

5か月:73時間   6か月:75時間 

・「原告・・は、所定の始業時間が8時50分(・・・)であるところ、麻酔の準備などのために7時30分ころに出勤し、勤務を開始していた」

・「原告・・は、火曜日、木曜日及び金曜日は手術が立てこみ、ほとんど昼休みをとることができないため5分か10分で昼食を済ませていた。」

・「月に1,2回。2泊の宿泊を伴う週末の当直業務を担当しており、土曜日の8時50分に出勤して12時30分まで外科外来の日勤を行い、その後18時30分から当直勤務となり、月曜日の7時30分まで勤務をしていた。」

質的過重性

・「麻酔は人の生命に関わるものであり、わずかなミスでも人の死という重大な結果をもたらす可能性があることから、その実施は高度の緊張を伴うものであり、日常的に精神的負荷が高い業務である。」

(2)業務と脳出血の因果関係

・「原告・・の時間外労働は、発症前1か月で121時間12分、発症前3か月の平均時間が116時間30分という長時間であったことに加え、本件業務が質的に負荷が高く、原告・・は、上記業務により疲労を蓄積させ、本件脳出血の発症に至ったことは明らかである。」

(3)安全配慮義務違反の有無

・「被告総生会は原告・・をして前記のような長時間労働に従事させ、同人が、常勤の麻酔科医を増員することや当直の回数を減らすように要請していたにもかかわらず、・・・むしろ本件発症前1か月には原告・・を2回も当直に従事させていた。」

・「原告(・・)は麻酔科医であり、麻酔業務は手術件数によって決まるところ、同人には、業務の量及び内容を決定する裁量はなかた。」

 

4、裁判所の判断

(1)業務の過重性

労働時間時間外労働時間

発症前 1か月:57時間  2か月:33時間  3か月:59時間  4か月:37時間

    5か月:27時間  6か月:39時間

原告の主張する労働時間より大幅に短く算出した理由として以下の点等を上げている。

・「麻酔準備は最も時間がかかる全身麻酔であっても事前準備は15分ないし30分程度であって手術はおおむね10時から(・・・)開始されること、・・・、これらの事実からすれば麻酔準備のために所定始業時間よりも早く出勤する必要があったとは認められない。」

・「原告・・が、出勤してから所定の始業時間までの間、使用者の指揮命令に基づく業務に従事していたと評価することはできないから、所定始業時間前の時間は、業務の過重性を判断する上での労働時間として算入しない」

・「救急外来において外科当直が担当する疾患は、切創、熱傷、咬傷、虫刺傷等であり、その診療内容も原則として特殊な措置を要するものではなく10分ないし30分程度で終了するものであった。」

「当直業務は、・・・昼食及び夕食を含む休憩時間2時間、及び仮眠時間6時間をそれぞれ控除した時間を業務の過重性を判断する上での時間外労働と認定するのが相当である」

業務の過重性について

裁判所は、原告麻酔科医師の労働の精神的負担が重くない理由として以下の点を上げている。

・「手術中も容態が安定している患者であれば、麻酔科医は椅子にすわって本を読んだり、休憩のために中座することが可能であり、また、麻酔の方法もほとんど定められた方法を実施すれば足り、手術中、高度の精神的緊張を終始強いられるわけではない。」

・「麻酔準備自体も長くても30分と比較的短時間で完了すること、麻酔科医としての業務は、主として手術中の麻酔管理であり、それに伴う書面の作成は手術中に作成する麻酔記録のみであることからすれば、手術への立会以外の時間において麻酔科医としてしなければならない業務があったわけではない。」

・「原告・・は、外科外来業務及び内視鏡検査を担当していたが、当該業務はいずれも同人の希望により担当しており、業務上、担当しなければならないものではない。・・・また、内視鏡検査も上部消化管検査を要する比較的軽症の患者を担当するのみであり、特に過重な業務であるとはいえない。」

・「病院における外科当直業務は、原告・・の希望により設置されたものであるところ、当該内容は創傷や挫創といった比較的単純な症状の患者を診察していたこと、診察は1人の患者に対して15分ないし30分程度で足りること、最も患者が多い日(日曜日)で11名であったことからすれば、原告・・が担当していた当直業務は、特に過重な業務であるとはいえない」

(2)業務と脳出血の因果関係

・「原告・・の時間外労働時間数によれば、発症前1か月目及び3か月目の時間外労働は45時間を超えるものの・・・45時間を大幅に上回るものではないこと、2か月目、4か月目から6か月目までの時間外労働時間は45時間を下回ることからすれば、労働時間の面では、業務と発症との関連が強いとまではいえない。」

・「麻酔科医としての業務は、一定程度の精神的緊張を強いられるものの、手術中も短時間ではあるが、休憩をとることも可能であったこと、原告の担当した麻酔件数についても繁忙ではあったものの他の麻酔科医と比較して特に過重な数でなかったことからすれば、本件脳出血発症前6か月における原告・・の業務が、特に質的に過重であったと認めることは困難である。」

(3)結論

・「以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告に対する安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償請求は、いずれも認められない。」

 

以上から、東京地裁判決では原告が敗訴となり、原告はこれを不服として東京高等裁判所に上告している。